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「うう……っ、ユアが、あの子が……っ」
青年はつられるように部屋の奥にある寝台を見た。そこに眠っているのは、濃紫の髪の少女だった。その顔は苦しげに歪められ、血の気を感じられないほど蒼白になっていた。
青年はそんな少女の様子を見て泣きそうになる。ずっと、思いを寄せていた人だったからだ。
「ユア、起きて」
大切な人の容態が芳しくないという便りを受け取ったのは数日前のことだった。
もともと、少女が長くは生きられないことは知っていた。だからこそ、少女の十八の誕生日を盛大に祝ってあげようと思っていたのだ。その矢先に、少女が意識を失った。
青年は眠る少女の手を握って語りかける。その手は、触れるのもためらわれるほど冷たくなっていた。
「ユア、明日は君の誕生日だよ……」
もうすぐ、日付が変わろうとしている。日付が変われば、それは彼女の誕生日だ。しかし少女の呼吸は今にも絶えてしまいそうなほど、弱いものだった。
青年が彼女に恋をしたのは、その寂しげな紫水晶の瞳を見た瞬間だった。
青年が彼女のことを知ったのは、噂がきっかけだ。
それは、足を踏み入れるのも憚られるような深い森の奥に建つ屋敷には、闇に愛された申し子が住んでいる、というものだった。
闇に愛された申し子は、闇に愛されているがために長くは生きられず、外界から離れて暮らしているのだと、人々は噂していた。
はじめは興味本位だった。興味本位で申し子を見に来た青年は、人も立ち寄らないような屋敷で、息を飲むほど美しい少女に出会ったのだ。
そして、全てを諦めたような彼女の瞳に、青年は心を奪われた。
話を聞いてみれば、仕事で各地を転々とする少女の両親は、体の弱い彼女のためにこの田舎の別荘を用意した。以来、少女はこの屋敷で暮らしているとのことだった。
それから、彼女と青年の交流が始まった。いつも何かを諦めたような少女を、青年が笑顔にしてあげたいと、そう思っていたのだ。
少女の手を握って、青年は天に祈った。青年だけではない。少女の両親も、使用人も、皆が祈っていた。
しかし無情にも、大広間の時計が零時を告げる鐘を鳴らしたとき、その場にいる皆の祈りも空しく、少女の呼吸が――止まった。
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