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少女は闇のような夢の中にいた。虚空を漂うように、心地よいまどろみの中で闇に抱かれている。
ああ、自分は死ぬのか、と少女はどこか他人事のように考えていた。
ずっと感じていたはずの痛みも、嫌悪感も、何も感じない。全てが闇に飲み込まれてしまったかのような、そんな感覚。虚無に包み込まれるような、無の世界。
これが死ぬことなんだと、少女は思った。
死ぬことへの恐怖は、少女にはない。来るべきときというのが、今だというだけのことだから。
己の濃紫の髪が漆黒の闇に溶けていく様を、少女はぼんやりと眺めていた。手足はすでに闇に解けて、形が確認できない。
きっと全てが闇に飲み込まれたとき、それが少女の死を意味するのだろう。
痛みも恐怖も感じない、こんな穏やかな死なら、少女は受け入れても良いと思う。ただ眠るように、目を閉じれば良いだけの話だった。
そんな魂をも蝕むような闇の中で、少女の胸に在る月の形をした石が淡い光を放っていた。
それはちょうど少女の鎖骨の下、胸骨の上の辺りに骨と同化していて、肌を突きぬけ露わになっている。少女の体の一部であり、月の形をしているそれは、少女が生まれたときから在るものだ。
胸元に月を持つ少女が生まれたとき、周囲は聖女の誕生かと色めきたったらしい。しかし両親が占術師に頼んで視えた結果は、少女の闇の力が強すぎて長くは生きられないというものだった。
その結果に納得のいかなかった父親があちこちから腕の良い占術師を呼んだが、結果は全て同じ。二十年も生きられない、それが少女に、月をその身に宿して生まれた少女に定められた運命だった。
生まれたときから言われていたことだから、少女は最初から生きることを諦めていた。そして、ずっと昔から受け入れていた自分の死が今だということに、安堵さえ覚えていたのだ。
少女の口からそっとため息が漏れる。
自分はこれから闇になるのだ。それはどこまでも穏やかで、心地良い感覚だった。母親の胎に戻ったかのような、安息感を覚えた。
その穏やかで静かな死を邪魔するものの気配に、少女はふと気づいた。
「ユアリアーナ」
全く聞き覚えのない声に、滅多に使われることのない本名で呼ばれ、少女は目を開いた。紫水晶のような瞳が、闇の中に浮かんでいる男をとらえた。
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