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目を凝らさなくては気づかないほど闇に溶け込んでいるその男は、触れば崩れてしまいそうなほど風化した黒衣を纏い、その赤い瞳で少女を見つめていた。
まるで闇の化身のようなその男に、少女は顔をしかめる。穏やかな時間を、邪魔されたような気分だった。
闇に溶けて眠るように死ねると思ったのに、それをこの赤い目の男が邪魔をした。そしてその手に握られる鎌――男の様相はまるで、死神だ。
このまま闇に溶けるように消えられたら良かったのに、鎌に斬られて死ぬというのはごめんこうむりたいところだった。
だがしかし、目があった瞬間にやりと口角を上げた死神の言葉は、少女にとって予想外のものであった。
「私と契約をしないか、ユアリアーナ・ブルディオ」
「契約……?」
声など出ないと思っていたのに、自分でも驚くほどしっかりとした声が出た。死神が赤い目を細めてにやりと笑う。
「君の命を、私が生きながらえさせてやろう」
少女は訝しげに男を見た。死神以外の何者にも見えないこの男の、命をながらえさせる契約など、信用ならないに決まっている。
第一、自分などの命に何故死神が干渉するのか、理由がわからなかった。
訝しげに自分を見つめ何も応えない少女に、死神は笑った。
「何を迷う必要がある? 私が君に命を与えようと言ってるのに」
笑いながら紡がれる死神の声は、耳に心地よいものだった。少女はしかし、顔をしかめる。
「……契約なんてもの……死神との契約だなんて、ろくなものがあるわけないわ」
それは奇妙な話だった。願いを叶える代わりにお前の命を――ではない。命をながらえさせてやるという申し出。
しばし考えたのち、少女は口を開いた。
「条件は、何?」
この死神が何を望むのか、何のために少女の命をながらえさせようというのか、その意図が全くわからなかった。
「条件?」
「そう、私を生きながらえさせて、貴方は何がしたいの?」
大きな鎌を手にする相手に臆せず対話しているのは、すでに少女の身体がほとんど闇と同化し、完全なる死が近いせいなのかもしれなかった。
四肢が完全に闇に溶けながらも、しっかりとした声を返す少女に、死神は微笑んだ。
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