《5》

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  それから、約二時間ほど経っただろうか。 お客の入れ替わりをいくつか眺めた私は、赤ワインのグラスを手にしていた。 おつまみに選んだのはオリーブとチーズ。 一人用にと、少なめに盛り合わせてくれている。 こういう心遣いもこの店の素敵なところだ。 読んでいた小説もちょうどキリのいい場面を迎えた。 この時間ならもう、両親も休む準備に入っていることだろう。 ふいに、仕事らしい仕事をし始めた頃のことを思い出す。 勤め始めた頃にはなかった残業が、いつのまにか定番になっていたのはいつのことだったかしら。 『女の子がこんなに夜遅くまで働くなんて!』と非難していた母親も、随分寛容になったものだわ。 父もいい顔はしていなかったけれど、叔父の説得のおかげか私に直接何か言ってくることはなかったわね…… 懐かしく思いながら、グラスを傾ける。 綺麗なグラスが並ぶ棚と、花を添えるボトルたち。 おいしいワインと、気分にぴったりなおつまみ。 好みの本と、自分の世界に入れる環境。 美しいもの。おいしいもの。安らぐもの。 すべてが揃った世界。 今日あった嫌なことすべてをリセットできた気がする。 後は叔父との話をいつどのように語るか……それだけね。 すっかりリフレッシュした私の耳に、入り口のドアが開いた音が届く。 私もそろそろ帰ろうかしら。 そう思っていた時。 .
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