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帰ろうとする私の手を掴んだ彼は、にこにこと笑う。
「まあそうカッカしなさんな。あ、彼女に同じものを」
「は!?」
「俺はいつものを頼むよ」
「かしこまりました」
いつも通りの綺麗な会釈を返したバーテンダー。
私は呆気にとられながら佐川という男を見る。
「もう少しゆっくりしていったらどうだ? 話し相手もできたことだし」
ほら、と言って自分を指差す男。
柔和な笑みを浮かべて、私を引き止めている手は強引でありながら痛みはない。
この男は、神谷先輩に糾弾された私を、羽村澪に侮辱された私を、冷静な瞳で見つめていたはずだわ。
その様子が勝ち誇って見えるのは、昼間、私をやり込めたから?
それとも……あの場で取り乱した私を、嘲笑いたいの?
「っ……馬鹿にしているの……!?」
震える手を握りしめて彼を睨みつけると、佐川という男は「はて」と気の抜けた声を出す。
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