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しかし今日ばかりは運が味方をしてくれたのか。
学校帰りに甘い物が食べたくなった私は、フラリとコンビニよりも近いスーパーへ足を向けた。
そこで、偶然にも島津君に見つけてもらうことが出来たのだ。
佐藤、ともう何度も聞いたことのある声に呼ばれ踵を返すと、マスクで口元を覆った島津君が、買い物籠を手に下げて立っていた。
「熱、大丈夫なの?」
「まだちょっとある」
だから、あんまり近付かない方がいいかも、と一歩後ろに下がった彼は顔色が悪い。
学校を休んだのに、どうして家で安静にしていないのだろう。
籠の中にはフルーツゼリーやらスポーツドリンクやら、熱のある時に口に入れやすい物のみが入っていた。
「何も自分で買いに来なくても、家族の人に頼んだらいいのに」
何気なく言った言葉だったのだが、島津君はぼんやりした瞳で首を振った。
「母親、昨日から社員旅行で家にいなくて、帰ってくるの明日なんだ」
厚手のコートを着ていても、寒そうに肩を震わす島津君は、明らかにまだ病人だった。
ここへ来るべき状態ではない。
「俺がこの有り様だから、行くの相当渋ってたみたいだけど」
「……お父さんは?」
「いない」
――いない……?
「うちは母と二人なんだ」
自分にとっては現実離れした話に、どう突っ込んでいいのか分からずに口を噤む。
そんな私を見ていた島津君は、マスクをつけていても笑顔を見せてくれたのが分かった。
「だから家に一人。きついって言うより、寂しいの方が強いかなー」
「……大変……だね」
「まぁね、良い経験になってるけど」
ちゃんと食べているのか、温かくしているのか。
薬は、熱は、体調は……。
心配だから聞きたいことばかりで、でも何をどう言えばいいのかがゴチャゴチャになっていて、口から出たのは
「……家、行こうか?」
言ってしまった後に、勢いのままとんでもない台詞だったと我に返り、冗談だとフォローしようとする。
でもその前に、島津君はコクン、と頷いた。
「うん、お願い」
「本当に……?」
「うん」
一番プライベートな空間にいてもいい、と許された……?
こんなにもあっさり、どうして私なんかに甘えてくれたのだろう。
ただ偶然知り合いに会ったから、という理由ならば、私はこの偶然に心から感謝したい。
――嘘、信じられない。
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