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その日、一人きりの静かな夜を過ごし、朝目が覚めると頭も体も軽くなっていた。
動こう、というか今日からは嫌でも動かなければならない。
――よし、やるか。
本日からスーパーでアルバイトをすることになっていて、俺はのっそり起き上がると部屋着を脱いで浴室へ。
寝ぐせのついた髪をぐっしょり濡らし、目を閉じると、悪い気を全て洗い流されているようで気持ちが良い。
洗濯機を回し、溜まっていた洗い物を片付け、身支度を整えると、両頬を叩いて気合いを入れた。
冬休み振りのレジ操作、遊びじゃないだけに緊張を覚える。
「大丈夫、やれるやれる」
不安な時は常に自分自身に言い聞かせ、成功を信じるようにしていた。
父の遺影を前に、泣き崩れる母を後ろで見ていた時、俺が前を向かないわけにはいかなかったんだ。
――あれ、何だこれ。
まだ冷える空気に身を晒すと、外のドアノブにモスグリーンのショッピング袋がぶら下がっていた。
部屋間違いかと思いつつ中を確認すると、小さな鍋が一つ入っている。
開けてみると、お粥らしき淡い黄色のご飯が固まったまま。
そして、蓋の上に張られていた付箋に視線を落とすと、そこには佐藤、と彼女の名前が書いてあった。
――佐藤、佐藤……佐藤可純だよな。
『よかったら食べて下さい』
それ以外何も書かれていない付箋を剥ぎ取り、俺は微かに温もりのある掌で包み込んだ。
わざわざ持ってきたのだろうか。
それにしても、俺は昨日昼寝なんてしていないし、確かにチャイムも鳴らなかった。
――置くだけ置いて、帰った……とか?
「……こんなことされても気付かないよ」
来たなら来たってちゃんと知らせてほしい。
どうして黙って帰っちゃうんだ。
佐藤が自らうちに来てくれたのならば、俺は一緒にいて欲しかった。
彼女の家を知らない俺は、トモミに連絡先を尋ね、電話口でお礼を告げることしか出来なくて。
借りた器を返すのは新学期になってからでいいと言われてしまい、結局佐藤とは、休み中に顔を合わせることはなかった。
そして新学期。
会いたくても会えなかった佐藤とは違うクラスになるだけでなく、彼女は溝田に手を握られて放課後学校を出ていった。
まるで恋人のような二人に只々驚いて、胸騒ぎを感じる。
――自分の知らない所で、何か起こってた……?
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