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学校から二十分、更に目抜き通りの途中から路地に入り五分。
柄の悪い酔っ払いがフラついていそうな、薄暗く気味の悪い道の途中で、神保原はブレーキをかけた。
「……ここ?」
「そう、ここ。入って」
彼女が指を差したのは、二階建ての小さなビル。
灰色の壁にはスプレーで落書きの跡が残っており、とても民家には見えない。
「家っぽくないな」
「元々は全部父の会社だったんだけれど、今は一階を自宅として使っているの」
言いながら、神保原は自宅ではなく、外階段から二階の会社へ向かおうとする。
――おいおい、家は一階じゃないのか。
何の躊躇もなしに扉を開き、俺は中へ招かれた。
部屋の中は薄暗く、入った途端、埃っぽい匂いが立ち込める。
事務用のデスクが六つ向かい合っており、席には締め切り間近の原稿と戦っている漫画家と、そのアシスタントのような、やつれているむさ苦しい中年の男性達がパソコンを開いていた。
まるで、大人になった自分を見ているような気分になる。
そんな中、神保原は一人の男性に遠慮なしに近付いた。
「この人、私のお父さん」
指を差された人物は俺を見ると軽く頭を下げ、大きく伸びをした。
白髪交じりの短髪に、オシャレではなくただ剃り忘れていたような顎髭。
長身でスタイルはいいのに、ヨレヨレのスーツに組み合わせたラフなサンダル。
俺が言うのもなんだが、残念な人だ。
磨けば光ると思えるだけに、残念な人だ。
「娘がいつもお世話になっています。一応、父です」
「一応って何なのよ。本当の父親でしょ」
「ハハハ」
ヨロヨロと椅子から立ち上がった神保原の父は、机の隅に重ねてあった名刺を差し出してきた。
でもそこに書かれた名前よりも会社名よりも、俺は彼の机上に無数に置いてあった、ゲームパッケージが気になって気になって。
自分は……と、名乗る前に思わず聞いてしまった。
「神保原のお父さんも『HEART』やってるんですか」
「ん?まぁ、やってるって言うのかな?」
親子揃ってハマってんのか、と不思議に思っていると、神保原が横から口を出した。
「作ってるのよ。『HEART』はうちの会社で作られたゲームなの」
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