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えっ、と驚きの声を上げた俺を見て、神保原の父はニッコリする。
「君のことはウミ子に聞いているよ。『HEART』を持っているんだよね」
ウミ子……神保原の名前だろうか。
彼女がそんな壮大な名前だとは、考えたこともなかった。
「学生が手に入れるのには相当苦労しただろう。どうやって手に入れたの?」
「俺はネットの抽選で偶々当たりました」
「その手があったか。君、運がいいね」
何とも言い難い不思議なオーラを纏った彼は、開いていたパソコンのデスクトップ画面を切り替えると、俺達に見えるように角度を変える。
画面に映るのは、『HEART』の世界で見慣れた学校の校舎。
そして次に出てきたのは、うちのクラスの担任。
優しげな眼差しをしたぽっちゃり体系のおじさんが、色んな角度から映されている様子は可笑しい。
「あんな奥深いゲームを作ったなんて……おじさん達、凄いですね」
「ありがとう。でも、なんせ高額だから、注目を浴びても使用者は増えてないんだけれどね」
「お父さん達は今新しいゲーム作りに取り掛かっているのよ」
机に齧り付く中年男性達は、俺に見向きもしないくらい、自分の仕事に夢中のようだ。
疲れているようには見えるものの、皆集中しているように見えた。
「新しいゲームも『HEART』に似た感じなんですか?」
「いいや、小学生が好きそうなバトルゲームだよ」
どうして、勿体ない。
『HEART』のような、有り得ないくらい精巧なゲームを作ることが出来るのに。
――受け狙い……?
一頻り喋った後、俺達は事務所を後にした。
「一階へ案内するわ。溝田君、時間の方は大丈夫かしら」
「俺は大丈夫だけど」
神保原が『HEART』に詳しかったのは、親が製作者だったからなんだ。
確かにそれならば、企業秘密的なことを知っていてもおかしくない。
それにしても、ゲーム雑誌の『HEART』の取り上げ方に対して、制作会社はめちゃくちゃ地味だった。
――アンバランスだなぁ。
お金はあるだろうに、何もあそこまでむさい所で仕事をしなくてもいいだろう。
「遠慮なく上がって」
「んじゃ、お邪魔します」
玄関で靴を脱ぎながら、一瞬脳裏を掠める。
またいつでも遊びにおいで、と言ってくれた神保原の父が、どことなく悲しげに見えたのは気のせいだろうか。
きっと、疲れが溜まっていただけかな。
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