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玄関を入って通された左の部屋は、畳敷きの和室。
真ん中には使い古したちゃぶ台が置いてあり、昭和を匂わせる景色。
だからこそ、部屋の隅に置いてある『HEART』の機械は異質に思えた。
「溝田君、驚いたでしょ」
「そりゃ、誰だって驚くだろ。まさかお前の父親の会社が……」
「私も初めて『HEART』を見せてもらった時は、言葉が出なかったわよ。元々は子供向けのゲーム制作会社だったからね」
はい、と差し出されたウーロン茶を口に含むと、舌に強い苦みを感じた。
対して、前に座る神保原は、平気な顔をしてグラス一杯を一気に飲み干す。
「私がどうやってコウタロウ君を脅したのか、気になっているんでしょう?」
「……脅すって、意味分かんないんだけど」
「私達プレイヤーは『HEART』を操ることが出来るの」
至極当然のように話されているが、決して一般のプレイヤーが知ることのできない情報だ。
神保原は『HEART』の本体の上蓋を開けると、右上の側面に設置してあった真っ赤なボタンに軽く触れた。
ゲーム世界の本当の姿は無機質な固体の集まり。
冷たくて、どうみても心があるようには見えない。
露わになった世界を目にした俺は、我慢出来ずに視線を外した。
「ここを押すの」
「押したら……どうなるんだよ」
見当もつかず、俺はそっぽを向いたままゴクリと唾液を飲み込む。
「ここを押して普段通りゲームをスタートするの。特に何も変わらないわ。でも、プレイヤーが"壊れろ"って強く念じると、途端に視界がじらついたり、空にポッカリと黒い穴が生まれたり……世界が破壊される」
「……マジ?」
「気になるならば、やってみるといいわ。私はコウタロウ君を失いたくなかったから、この赤いボタンを使って彼を脅した」
脅されたコウタロウの顔は思い浮かばない。
いつも馬鹿やっては怒られて、ギャグ漫画の主人公みたいなあいつが……。
「世界を壊されたくなかったら従えって、言ったってわけ」
「その通りね」
しかし一方で、でも……と続けた神保原は、薄く唇を噛むと、赤いボタンから指を離した。
「申し訳なさは感じてる。私は自分の欲望のために、二人の間を引き裂いてしまったのだから」
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