世界を犠牲に、手に入れたモノ

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舗装された道路を十五分程登ると、芝生の広がった休憩スポットが見えてきた。 木製の丸椅子にテーブル、あとは遊具一つもない、町を見渡せる開けた場所である。 タイミングを見計らって繋がれた指をほどくと、私は柵のギリギリまで近付いた。 ちょっと登るだけで、学校や家が小さく見える。 「佐藤さん、俺の話を聞いて」 言いながら、隣に並んできた溝田君は再び私の手を握った。 「今から視界をジラつかせてみせるよ。三、二……」 「えっ?」 驚くより先に、あの恐ろしい時間は、彼の宣言通りに舞い戻ってきた。 目の前の溝田君の顔が歪み、光を失う。 景色は張り裂け、彼の顔が真ん中からパックリ割れると、間からは得体の知れない黒い渦が沸いてきた。 気体なのか液体なのかも判断出来ない。 「みっぞ、た……く……」 途切れ途切れにしか聞こえぬ声を絞り出して、懸命に手を伸ばすと、力強く握り返された。 「これ……な、に……」 「俺が……やって……だ、よ……」 自分と同じように通りの悪い声。 しかし彼の余裕っぷりは、バラバラになった顔の断片を確認すれば納得出来る。 溝田君は……静かに笑っていた。 「みぞ……た、くっ……」 「俺がや、め……思……えば、やめ……れ……よ」 あの日以来落ち着いていた恐怖が、いとも簡単に現れている。 ――溝田君は止めることが出来るって……何なのそれ。 異常な自然現象を人が操ることなど、不可能ではないのか。 世界中がかしましいくらい騒いでいるこの状況を、クラスメイトの意思によって行っているというのか。 馬鹿馬鹿しくて、話にならない。 でも、悠長にほざく暇もない。 全てこのまま消えてなくなってしまったら……私はガザガザに見える溝田君にとにかく首を振った。 喉を震わせて声を出しても、おぞましい轟音に掻き消されて届かない。 首を振っても、もう顔の形がちゃんと存在しているのかも分からなかった。 視界から消えそうなくらい粉々になった溝田君の姿。 それでも何とか残っていた彼の右目は、満足げに細められている。 あるのかさえ不確かな私の背筋は、ゾクゾク音を立てるように震えた。 やがて、宙に浮いた溝田君の人差し指が私の唇に触れた瞬間、ふっと景色が色を取り戻し、私の存在は確かにこの世界に蘇っていた。
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