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鎖骨に顔を埋める彼の吐息が、私の選択肢の余地をなくさせる。
「私が嫌だって言ったら……世界を壊そうっていうの」
「そうするしかないから」
「そんなこと言われたら……」
――分かりましたって、言わざるを得ないじゃない。
言葉を呑む様子を肌で感じ取ったのか、溝田君は
「佐藤さん、ありがと」
「ちゃんと全部、分かるように説明して」
「うん、する。そしてちゃんと、幸せにするから」
その日、体を差し出せと言われることなく、溝田君は二つの世界のことと、自分の存在について、時間をかけて説明してくれた。
でも、分からないことは多いし、半信半疑な所もないわけじゃない。
正直、いきなり彼女になってと説得されても。
それでも私は、その場の流れと恐ろしさで、彼の恋人になってしまったのだろう。
「佐藤さん」
帰り道、強く指を絡めている溝田君は、照れ臭そうに微笑んでいる。
「佐藤さんは、俺の初めての彼女だね」
――初めて?
意外な言葉に何度も瞬きをしてしまった。
「え、俺、遊んでるように見える?」
「それ……なりに?」
――溝田君のことなんて、知らないよ。
今まで特に意識したこともなければ、自分の知ったことではなかった。
「やめてよ。俺、佐藤さん一筋だし。浮気しない自信ある」
もう一度確かめたい。
溝田君は本当に世界を支配しているのか。
試してほしい、でも、怖い。
全てが消滅してもおかしくなかったあの時間を、巻き戻したくはない。
「じゃ、新学期からよろしくね。佐藤さん」
私はずっと島津君が好きだった。
秘めていた想いを消すことなど、出来るのだろうか。
――消したくない。
消える気なんて、していない。
家に帰ると、母が私の無事を確認して心底胸を撫で下ろした。
それから新学期まで、世界は平和で、私が溝田君と顔を会わせることもなかったのである。
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