世界を犠牲に、手に入れたモノ

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本日午後一は応援練習から始まり、俺はクラスメイトと共に大きな鉄製スタンドに上がる。 「一年、今日はちゃんと声出せよー」 生徒に向けて喝を入れるコウタロウの姿は小さく見えるが、懸命に声を出しているのはちゃんと伝わった。 あの調子ならば、真っ先に声が枯れるのは他でもないあいつかもしれない。 「ね、ね、可純。ここってあたしのパネルの色、赤だったっけ」 ふと、真後ろから焦る声が耳に入り、顔を上向けると、一つ上段には佐藤とトモミが並んで立っていた。 赤、青、黄、と抽選によって三つに分けられる組み分け。 今年俺のクラスは、彼女達のクラスと合併で黄組に属していた。 「トモミは青だよ。もう、だからメモしてた方がいいって言ったじゃん」 「面倒なんだもーん。それに、どうせ可純があたしの分も書いといてくれるでしょ」 二人のやり取りに振り向くと、目が合ったトモミが渋い表情を向ける。 「何、佑馬、その呆れた顔は」 「お前、佐藤に迷惑かけんなよ」 「うっさいなぁ、あんたには関係ないし」 応援団による声出し練習は厳しく、毎日のように団長が声を荒げていた。 勝ちたい、そして勝たせたいという、不安定な境地に立たされているのだから、仕方がないのだろう。 「黄組ー、ファイトッ!」 後ろからは、普段の聞くことのない佐藤の大きな声を感じる。 トモミのように強く低めでも、周りの女子のような金切声でもない。 やっぱりどこかふわふわしていて、簡単にへし折られてしまいそうな、細くて透明感のある声。 「二年も声出てねーぞ。おいそこ、やる気あんのか!」 ――! ブチギレる団長が一瞬こちらを見た気がして、俺は慌てて声を張り上げた。 ――あっぶな……!今絶対こっち見たよな。 ドラムの音に合わせてパネルを変え、声出す。 簡単そうでも完成するまでには時間と根気が必要な、怠くて面倒で、それでも思い出になるだろうこの一瞬。
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