世界を犠牲に、手に入れたモノ

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困った顔で笑う佐藤の横顔を見て、俺は地面のクマの手をウサギの手に重ねてみた。 手を繋いだ二匹は不釣り合いで、可笑しな光景である。 「お父さんとお母さんってこと?」 「そんなとこかな」 「じゃあ、子供も描かないとね。……でも、子供ってクマとウサギどっちになるんだろう?」 ――別にどっちだっていいよ。 なのに佐藤は、話をしている時よりずっと楽しそうで、間を狙った可愛げのない動物を描き進める。 「うーん、私が描くと変になっちゃうね」 「変っていうか、怖い」 「……島津君、地味に酷いよ」 煙突のある大きな家に、庭を付け加え、ペットらしき犬まで描き上げると動きが止まった。 指先はすっかり真っ茶色で、彼女は満足気な表情をしている。 「佐藤さん、こりゃー消すの勿体ないくらいの大作ですなぁ」 「これでも全力出し切ったから」 「渾身の一作か、頑張ったね」 珍しい無邪気な一面を、可愛いと思わずにはいられなかった。 彼女を守るべき人間は既にいるのに、俺は内心納得がいっていない。 誰でもなく自分が守りたいと思っている。 「溝田のどこか好きなの」 「突然言われても……言葉に出来ないよ」 「ふぅん、そっか。でも、佐藤には俺もいるから、忘れないで」 指についた土を払い落としている彼女の動きは止まったが、そんなの気にしていられない。 「何かあったら、いつでも来なよ。まぁ、俺なんて出る幕ないだろうけど」 「……島津君って優しいよね。誰にでも好かれるっていうの、分かるもん」 ――上手くかわされた……? 「トモミね、島津君や水内君とクラスが離れちゃってから、ずっと寂しそうにしてるよ」 寂しいのはトモミだけで、佐藤は今を楽しんでいるのだろうか。 いつも通りに静かな微笑みを浮かべる彼女に、俺はいてもいなくても良い存在なのだと痛感させられた。 寂しいと思ってほしい。 必要だと求めてほしい。 ――もう、遅いんだろうけど。
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