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佐藤可純は溝田圭吾の彼女。
俺は彼女の友達。
想いの行き場はなく、僅かずつ自分の中に溜まっていく。
ストレスをぶちまける相手はおらず、ただただ平気なフリをして過ごした。
世界は落ち着きを取り戻したままでも、俺はがむしゃらに水の中をもがく日を重ねるばかり。
そんなある日、部活を終えて帰宅すると、玄関には見知らぬ男物の革靴が揃えられており、中からは楽しげな笑い声。
――男……?
こんなこと、今までなかった。
恐る恐るリビングへ向かうと、中年というよりも初老という方が当てはまるような、白髪交じりの男性がお茶を飲んでいる。
品の良いグレーのスーツに濃紺チェックのネクタイ、仄かに漂う香水の香り。
近所にいそうなオヤジやオジイサンとは違う。
「あら佑馬、帰ったのね。話したいことがあるから、ちょっとここに座って」
ニッコリ微笑む母の隣に腰を下ろすと、こちらを見ている男性が深々と頭を下げてきた。
「初めまして、ホシといいます」
「ホシさんはお父さんの職場の上司だった方なの。それでね……」
これまで男を家に上げることのなかった母の対応を見てきた俺は、彼らの関係をすぐに察したし、子供のように否定はしなかった。
思っているより歳を召した方なのは意外だったが、母の選ぶ人に間違いはないと思う。
こんな日もいつかは来るんだと、漠然と想定していた。
「でも、突然で驚きましたよ」
「ごめんね、私が遠方に住んでいるのもあって、中々こちらを訪れることが出来なくて。それに佑馬君に会うのにも勇気が入ってね」
どうやら彼らは一年くらい前から頻繁に連絡をとっており、たまにデートもしていたらしい。
母のことは、仕事のし過ぎで過労を心配していたこともあり、何だかホッとしてしまう。
――ちゃんと良い人、いたんだね。
「でも、あれ?母さん、家族に秘密事はなしだったんじゃないのー?」
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