世界を犠牲に、手に入れたモノ

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* 人のいる所で、愛本が俺に語りかけてきたのは初めて。 母親に挨拶をして、ようやく佐藤さんを自分の部屋まで連れて来た時だった。 『溝田様、本気なんですか』 佐藤さんと話をしている最中に割って入ってくるものだから、周りの声が聞えづらくなる。 『彼女を無理に押し倒すようなこと、私は溝田様にしてほしくありません』 ――横からグチグチうっせぇなぁ。 『嫌われてしまってはお終いですよ。相手を支配すればいいわけではないと思います』 佐藤さんはカーペットの上に座り、シンプルな部屋を見渡している。 キレイニシテルンダネ。 そう言ったように見えて、俺は笑顔で首を振った。 「ここはゲーム世界の中であって、実際生活してないからだよ。現実の自分の部屋は、もっと散らかってる」 「……そっか、そうだったね。ここって溝田君達の作るもう一つの……」 「まだ信じられてない?」 尋ねると、彼女は曖昧な表情をしてじっと俺の方を見つめてきた。 瞳の奥には不安がちらつく。 「信じていないわけじゃない。でも、理解できていないことも多いから」 「詳しくは知らなくていいよ。俺は佐藤さんが近くにいてくれるんなら、それでいいんだから」 「……私はどこにでもいる平凡な人間だよ」 「うん、知ってる」 リアルにも探せばいそうな普通の女の子。 偶々出会ったのがゲームの中だっただけ。 でも、どこを探しても佐藤可純はこの世界、俺の持つ『HEART』の中にしか存在しない、大切な人に変わりない。 「でも俺、佐藤さんと付き合うようになってから、現実に新しく友達が出来て、勉強も前より頑張れるようになったんだ」 確かに、生まれて初めて感じる喜びの力は自分にとってプラスになっていた。 気分が良い時だけはリアルのウザい母親との喧嘩も減っていたし、僅かだが心に余裕も持てていた。 こんな経験、初めて。 少し前を向いて歩いてみようか、と思えた日には彼女の存在の大きさを再確認。 俺はリア充になって、ただエッチなことをしたいだけじゃない。 そんなものだけが目的ならば、他のゲームで事足りる。 ――俺は。 俺は彼女のことをもっと知って、自分のことももっと知ってほしい だから、深い関係になりたい。
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