世界と理由と、彼らの存在に――

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-佐藤可純 「えっ、島津君が転校……?」 七月を目前にした、雨風の強い日の午後だった。 昼休みの終わる五分前、図書室で借りていた本を返却している時、偶々耳に挟んでしまった衝撃的内容。 思わず口を挟んでしまった私を見て、お喋りをしていた内の一人の桜子ちゃんは、微かに眉間に皺を寄せた。 「可純ちゃんじゃん、聞こえたの?」 「ごめん、聞くつもりじゃ……あの、島津君が転校って、本当なの?」 あまりに現実感がなく、作り話に思える。 しかし、何より島津君の一番近くにいる桜子ちゃんの証言に、既に心はそわそわしていた。 嫌な予感がする。 準備の出来ていないドキドキが、びくつく心臓に重く圧し掛かってくる。 「……それって本当に?」 「ホントだよ、昨日佑馬君本人から聞いたもん。二学期から地方の学校に行くんだって」 思わずポカン、とする私を見て、桜子ちゃんは苦痛の表情を浮かべた。 「いきなり転校とか言われても、受け入れられないよ。ずっと一緒だと思ってたのに、遠くに行っちゃうって、そんなの……」 寂しい、と悲しげに呟く彼女を、周りは優しく慰め、肩を抱く。 一方、事実を受け入れて泣きそうになる桜子ちゃんを前に、私は何と言っていいのか分からずに黙っていた。 窓辺からの隙間風が、歪な音を奏でる。 『返却期限とっくに過ぎています』という、図書委員のきつい言葉が痛い。 そして 「私には佑馬君しかいないのに」 目元に涙を浮かべる桜子ちゃんの呟いた一言は寂寥としていて、私は持っていた文庫本を思わずきつく握り締めた。 ――島津君がいなくなっちゃう。
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