世界と理由と、彼らの存在に――

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しかしその時。 「佐藤!」 もうずっと遠くに見えていた島津君が、振り返って私の名前を呼んでいる。 そして、大きな荷物を抱えたまま走って戻ってくると、初めて見るような表情で、再度名前を呼ばれた。 彼にさっきまでの笑顔はなく、寧ろこれは困っているような……。 「どうしたの」 「一緒にいたいんだけど」 「……へ」 間の抜けた顔をする私の右腕を掴むと、島津君は校舎の中に引き返していく。 力の入った手を振りほどけずに、大きな歩幅に合わせて小走りになる。 「島津君」 呼びかけても返事はない。 「ねぇ、島津く……」 「一緒にいて」 薄暗い人気のない廊下を突き進みながら、私は掴まれた腕に熱を感じた。 やがて化学室や家庭科室の立ち並ぶ旧校舎まで来ると、彼は誰もいない一室の扉を開け、中に入っていく。 ここは以前化学準備室として使われていた部屋で、窓には暗幕カーテンがかけられており、中は真っ暗闇に包まれている。 「急にどうしたの」 沈黙になる前に口を開いたのは、自分の方だった。 「一緒にいてって……何か悩み事でも」
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