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あの暗闇での出来事は、私と島津君以外誰も知らない。
なのに、まるで見ていたかのように、翌日の溝田君は珍しく機嫌が悪かった。
「何かあったの?」
昼休み、一緒に購買部へパンを買いに行く途中、私は思い切って尋ねてみた。
「うん、ちょっと。最近、現実世界の方でのストレスが凄くって」
「え?」
サラサラの前髪から覗く目には、どことなく疲れが見える。
「俺、虐めっ子に目ぇつけられたみたいでさー」
気弱に笑う彼に、私はどう反応していいのか分からず、言葉に詰まる。
「でも負けるきねぇし、俺には佐藤さんがいるからへっちゃらだ」
あんな奴相手にする方が馬鹿だ、と違う世界にいる虐めっ子のことを、溝田君は八の字眉で笑い飛ばした。
――無理してる……?
「本当に大丈夫なの」
「平気平気。俺に彼女がいるからって、あいつはひがんでんだよ」
賑わう店内の中で、溝田君は人目を気にせずに私の腰に手を回した。
しかしその時、前にいた女の子のグループが場所を移動したと同時に、目の前には突如あの子が現れた。
嘘、まだ心の準備が……。
「おう、島津」
「おす、溝田達も来てたのか」
両手いっぱいにパンを抱える島津君は、何事もなかったかのようにあっさりした態度で話しかけてきた。
咄嗟に目を逸らした私にも、彼はいつも通り挨拶をする。
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