世界と理由と、彼らの存在に――

12/33
前へ
/253ページ
次へ
「島津、お前一人でそんなに食べんの?」 「クラスの連中の分もだよ。じゃんけんに負けたから買いに行かされた」 「うわー、ドンマイ」 今きっと、島津君は笑っている。 でも、柔軟性のない私はどんな顔をして、何を言えばいいのか分からずに、終始空気となり関係のない場所を見て空笑い。 嬉しかった、信じられなかった、気持ちに応えたいと思った。 ――応えられないと思った。 違う、私……何も考えられなかった。 でも、鼻先に残る柔らかな感触は、今でも鮮明に思い出せる。 確かにあれは、夢でも幻でもない。 「佐藤?」 名前を呼ばれ顔を上げると、島津君はほんの一瞬悲しげな表情をした後、すぐにいつものように歯を見せる。 「んじゃー、俺そろそろ行くわ。お前等も公共の場であんまりイチャつくなよ」 売店のおばちゃんに大量のパンを見て驚かれ、島津君は楽しそうに話をする。 ――好きだ。 こんなに好きになった人は、生まれて初めてだった。 「佐藤さん、島津と何かあった?」 「……?」 「さっき全然喋ってなかったから」 「何もないよ、いつもと変わらない」 隣に立つ溝田君に首を振ると、私は彼の声が聞こえないざわつく店の奥へ突き進む。 色んな思いが絡まって行き場をなくしているのに、"好き"という感情だけは嫌になるくらい明確だった。
/253ページ

最初のコメントを投稿しよう!

476人が本棚に入れています
本棚に追加