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「島津、お前一人でそんなに食べんの?」
「クラスの連中の分もだよ。じゃんけんに負けたから買いに行かされた」
「うわー、ドンマイ」
今きっと、島津君は笑っている。
でも、柔軟性のない私はどんな顔をして、何を言えばいいのか分からずに、終始空気となり関係のない場所を見て空笑い。
嬉しかった、信じられなかった、気持ちに応えたいと思った。
――応えられないと思った。
違う、私……何も考えられなかった。
でも、鼻先に残る柔らかな感触は、今でも鮮明に思い出せる。
確かにあれは、夢でも幻でもない。
「佐藤?」
名前を呼ばれ顔を上げると、島津君はほんの一瞬悲しげな表情をした後、すぐにいつものように歯を見せる。
「んじゃー、俺そろそろ行くわ。お前等も公共の場であんまりイチャつくなよ」
売店のおばちゃんに大量のパンを見て驚かれ、島津君は楽しそうに話をする。
――好きだ。
こんなに好きになった人は、生まれて初めてだった。
「佐藤さん、島津と何かあった?」
「……?」
「さっき全然喋ってなかったから」
「何もないよ、いつもと変わらない」
隣に立つ溝田君に首を振ると、私は彼の声が聞こえないざわつく店の奥へ突き進む。
色んな思いが絡まって行き場をなくしているのに、"好き"という感情だけは嫌になるくらい明確だった。
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