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中学の頃の扱いに比べたら、高校はマシになったものよ、と彼女は苦笑する。
「漫画やドラマでよくあるでしょう?トイレに入っている時に上から水をかけられるっていうあれ、私実際にされたことあるのよ」
淡々と述べられる言葉からは、痛みも苦しみも伝わってこない。
神保原は今日も教材の詰まった重そうな鞄を片手で持ちながら、姿勢よく廊下の真ん中を突き進む。
「だからこれくらい、まだお遊びって感じよ。それにあの人、私達の関係を羨ましがっているってことでしょう?それって私達、勝ち組じゃない」
「すっげーポジティブだな」
「そうかしら。確かに溝田君はビクビクしているようだけれど」
それにしても、人に危害を与えるようには見えない神保原のことを、一方的に苛め楽しんできた奴等とは……。
――クズだ。
知らず知らずに、俺は握り拳に力を入れていた。
「まぁ、私のことは気にしなくていいのよ。嫌がらせもいずれ飽きられることでしょうし」
俺は『HEART』の世界でも心配されるくらい、あいつのことがストレスだっていうのに。
彼女の平気な顔には、尊敬の念を抱くレベルだ。
「神保原にはコウタロウがいれば、何でも乗り切れるってことか」
「えぇ、そうよ」
コウタロウの名前が出た瞬間、神保原は目尻を下げ、らしくない優しげな表情を見せる。
普段見せない柔らかな空気に、"女"と"特別"を感じた。
「コウタロウ君に会ってみたい?」
「は?」
「『HEART』を交換してみない?私、溝田君の彼女の可純ちゃんに会ってみたいわ」
ゲーム本体を交換することによって、俺は神保原ウミ子として、彼氏の水内コウタロウと話をすることが出来るらしい。
そして本来むかえるはずだった未来の通り、島津の彼女として生きる佐藤さんにも会える。
「ちょっと気になるな」
「でしょう?悪いことは言わないから、交換してみましょうよ。私、溝田君の世界にいるコウタロウ君に会ってみたい」
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