世界と理由と、彼らの存在に――

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「何してんの」 一人無言で空を見上げる背中に声をかけると、彼女は一瞬だけ俺を見てすぐに視線を逸らす。 また、その反応か。 「星を見ているだけ」 「それでわざわざ家から出てきたって?」 私服姿の佐藤は、首を真上に向けて動かない。 星が綺麗だからと外へ出てきて、公園に一人ぼっちだなんて、稀有な状況。 「島津君は部活帰り……だよね」 「うん。ってか、ケーキありがと。ホント嬉しかったんだけど」 ろくに拭きもせずに、ここまで突っ走ってきた髪の先からは雫が落ち、彼女の座る隣にシミを作る。 黒く滲むそれは、まるで今の自分のようだと思った。 「俺は佐藤の誕生日、何もしてないのに」 「そんなの気にしなくていいよ。ケーキ、喜んで貰えたのなら私も嬉しい」 五月に入ってすぐ誕生日を迎えていた彼女。 プレゼントじゃなくても、本当は何かサプライズ的なことをしようと考えていたが、付き合い始めたばかりの恋人がいる人間に、容易に近付くことはできなかった。 結果的に、良い人ぶっていたつもりでも、ただの意気地なしってだけの話か。 「ねぇ、俺も一緒にここにいてもいい?」 「えっ!」 「あはは、嫌そう。そんなに一緒にいたくない?」 あまりの反応の速さに反射的に笑うと、佐藤は首を振って取り繕う。 「そんなことない」 なんていう返答は、思いっきり嘘っぽくて素気無いが。 「ホントに?俺のことめちゃくちゃ警戒してんじゃん」 「……してないよ」 「んじゃ、いてもいいってことだね。遠慮なく」 俺は意地悪な言い方をして隣に腰を下ろすと、一緒に空を見上げる。 「綺麗だよなぁ」 「……うん」 誰にも縛られていない彼女は、星を見上げている瞬間だけは、とても無防備だった。
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