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「ほらほら佐藤さん、溝田といる時みたいに笑ってよ」
苦笑いでもいい。
俺はベンチを立つと佐藤の前にしゃがみ込んで、変な顔をしてみせる。
引っ張った頬は千切れるくらい痛いのに、そんなのどうでもよかった。
笑って。
なかったことにしていいし、できないなら、俺が嫌いだったら、もうこれから関わらなければいい。
だから、今は。
しかし、俺を見る彼女の瞳からは――
「佐藤、泣くなよ」
一筋の涙が零れ落ち、頬を伝う。
「……どうすればいいんだよ」
初めて見る涙は拭ってあげることも許されず、俺はじっと彼女のことを見上げる。
そして、言葉を発さずにポロポロと涙を零す佐藤もまた、同じようにこちらを見ていた。
「……泣くなよ」
「……」
「困るじゃんか。……俺、どうしたらいい」
人を泣かせている。
浅はかな言動と行動は、もう咎めることしかできない。
「……佐藤」
そんな顔するな。
辛くなる。
「さと……」
何も言わない彼女の名前を再度呼ぼうとした瞬間だった。
ふいにゆらりと近付いてきた瞳に、俺は反応する間もなくじっとしていると、目の前に迫った唇が鼻の頭に押し当てられた。
そして息をつくよりも先に、互いの唇が重なった。
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