置き去りの世界を、ひたすらに抱き締めた

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-溝田圭吾 「クソ、クソがっ……」 虐めっ子に恐れなんて抱けずに、破壊されてしまった『HEART』本体を前に、俺の怒りは頂点に達した。 何よりも大事にして、誰よりも愛する人のいた一つだけの世界。 それを、こいつはカカと笑いながら地面に叩きつけたのだ。 ――こいつは、『HEART』を……! 俺は起き上がると同時に握り拳を作って、それを思いっきりあいつの腹に押し付ける。 その瞬間、ボフッと鈍い音がして、ひょろい虐めっ子は顔を歪めた。 続けてもう一発。 更にもう一発。 足りない、全っ然足りない。 「お前なんかっ……お前なんか、さっさと死んじまえよっ!」 「はっ溝田、お前ふざけんじゃねぇぞ!」 「それはっ、俺の言葉だろうが……!」 駐輪場中に響く怒声に、朝っぱらから何事かと生徒達は足を止める。 しかしそれも気にしてられず、俺はあいつの髪を引っ掴むと殴りにかかった。 「何てことしてくれたんだよ!」 あんなに怖かった虐めっ子が、憎くて憎くて仕方がない。 殴る蹴るだけじゃ気が済まないくらい、頭に血が上っていた。 力の限り立ち向かい、足を踏んずけ、殴りつけ、腕には齧り付く。 「お前みたいなクズ、死ねばいいのに!」 ずり落ちた眼鏡は割れ、もう目の前さえよく見えない。 だからこそ、鼻血が出ようと頬に痣ができようと、誰が見てようがそんなのはどうでもよかった。 痛くも痒くもない。 「死ね!死ねっ……!」 こちらが優位なわけでもないが、相手もそれなりのダメージをくらっていた。 でも足りない。 まだ足りない。 あいつは『HEART』を壊したんだ。 俺は虐めっ子と二人取っ組み合いになったまま、自転車の中に倒れ込んで、殴り合いを続ける。 醜い争いなのは自覚しているのに、暴力を振う手は止まらない。 しかし、信じられないくらい狂気的な俺を我に返らせたのは、神保原の一言だった。 「えぇ本当に、あなたみたいな人の痛みの分からない人間、私も消えてほしいと思うわ」 そう言った神保原は、虐めっ子に向かって大きなビンタを一発くらわせたのだった。
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