置き去りの世界を、ひたすらに抱き締めた

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花火大会なんて、いつぶりだろう。 彼女と行くものだと定義していて、ここ数年はキモトとも行っていなかった。 何だかデートみたいなシチュエーションだ、と思いながらもオシャレな服は一着も持っておらず、いつものようにTシャツにジーンズで集合場所へ向かうと、既に神保原は俺を待っていた。 「溝田君」 「……神保原、浴衣着てきたのか」 「えぇ、せっかくだしと思って。変かしら」 「いや」 寧ろ、そこら辺にいるギャーギャー煩い下品な女達よりも、ずっと綺麗だ。 いつもしている分厚い眼鏡がないのと、髪の毛を綺麗にまとめているせいだろうか。 「屋台を見て回るのもいいけれど、私はあまり人混みが好きじゃないの。だから、いつも父と行ってる静かな場所に行きたいんだけれど」 「俺はどっちでも構わないけど」 「じゃあ、そっちにしましょう」 俺達は人の流れとは逆へと足を進める。 人の多さに逸れる心配をするよりも、神保原の方が俺より前を歩いていて、時折後ろを振り返った。 「溝田君、ちゃんとついて来てる?」 「俺は大丈夫」 何かキモトより逞しいな。 以前苛められたことを、何てことない顔で言っていた時もそうだが、彼女には俺にはない強さを感じる時がある。 「神保原はおじさんと二人で、毎年ここに来てんのか」 「えぇ、何もない所だけれど、静かでいいでしょう?」 花火の上がる場所からは遠いが、父親の知り合いがいるというビルの屋上には、自分達以外誰もいない。 この都会にしては凄い穴場スポット。 「どうして今年は俺を誘ったんだよ」 「お父さん、仕事が忙しいみたいで」 その瞬間、父親はきっと俺のためにする必要のない仕事をしているのだと分かった。 「ごめん」 「えっ?違うわ、そういう意味で言ったんじゃない。夏休みはどこか出かけようって話をしていたから、最初から誘うつもりだったのよ」
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