置き去りの世界を、ひたすらに抱き締めた

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俺が佐藤さんを想うように、神保原も生まれて初めての恋人であるコウタロウのことを相当好きなのを知っていただけに、俺は驚きが隠せなかった。 「『HEART』を手放す気なのか」 「分からないわ。でも、現実を見て生きるべきだ、とは思ったの。ゲームをゲームとして受け入れられず、それ以上の価値を持たせてしまったせいで、私もコウタロウ君も苦しんでる」 愛する相手が手の届く場所にいるっていうのに、神保原はどうしてそんなに前向きな発言ができるのだろう。 「俺も……もう現実を見るべきなのか」 「溝田君のことをどうこう言う資格、私にはないから」 でも、と神保原が言葉を続けたと同時に、バンッと音がして夜空には青い花火が花開いた。 地上からも、ビルの隙間から見える夜空の光景に歓声が沸く。 ――私は、溝田君にもう一度可純ちゃんと会ってほしいと思ってる。 「このまま全てが終わってしまうなんて、残酷過ぎるわ」 「……俺も、佐藤さんに会いたいよ」 緑に黄色、ピンクに金色、と色鮮やかな花火は美しい。 しかし、夜空に真っ赤な大輪の花が咲いた時、俺はまるであの日あの時に連れ戻されたような感覚に陥って。 「溝田君、あなた泣いているわ」 人を喜ばせるための赤い光が、彼らを傷付けた凶器に重なって仕方がなかった。 ボロッと大きな涙の粒を零した俺に、神保原は巾着からハンカチを取り出す。 「ごめん」 「構わないわよ。……花火、誘わない方がよかったかしら」 「ううん、そんなことない。家に引きこもってるより、連れ出してもらえた方が楽なんだ」 でも、何をしていも彼女の存在は消えない。 会いたいよ。 ――佐藤さん……。
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