置き去りの世界を、ひたすらに抱き締めた

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「……どうしてここまでしてくれるんですか」 赤の他人のゲームにここまで手を貸してくれる程、人が良いのだろうか。 「ウミ子からちょっとだけ教えてもらったんだよ。溝田君にはあっちの世界に大切な人がいたんだってね」 俺を見て穏やかな笑みを浮かべる神保原の父親は、愛しそうに『HEART』の本体に手を乗せる。 「人を想う気持ちを消したくないからだよ。君が『HEART』から離れて、以前よりも生き生きしているのも聞いた。でも、ずっと思い残していることがあるんだろう」 この部屋で泣き喚き、縋った姿を見ていた父親は、俺を切り捨てなかった。 握った手を離さずに、未来へと繋げようとしている。 「現実を生きなさい。思い残す物をなくして、そして、現実を生きなさい」 「……おじさん」 「『HEART』を作った僕が言うのも何だが、あれは世に広めるべき物ではなかった。世間に知れ渡るということで彼女との約束を果たしたつもりだったが、君のように『HEART』によって苦しんでいる人もいる」 神保原の父親は、顎髭を触りながら苦しげに呟いた。 「これは僕のためだけに作ったゲーム世界だったんだよ。生産はしても、買えないように値を張って、君にも、ウミ子にも、この世の誰の手にも触れさせないつもりだったんだ」 「どういうことですか」 「『HEART』は、僕が彼女との青春を取り戻すためのゲーム。世界を操ることのできる赤いボタンは、僕にとっての逃げ道だったんだよ」 "彼女"とは一体誰なのか。 彼はなぜ『HEART』を作ったのか。 バラバラの機械の横で固まる俺に、神保原の父親は正座をしたままゆっくりと真実を語り始めた。 「溝田君、僕の話を聞いてくれるかい」
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