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-溝田圭吾
神保原の父親から語られた話には、胸を衝かれた。
彼の家に飾ってある家族写真、そしてどこか見覚えのあるあの母親は、俺のクラスメイトである猿川トモミさんだったのだ。
あの怒ると鬼みたいなトモミさんが――。
そしてそれ以降はまた連絡のないまま、あっけなく新たな年が始まった。
時間を止めることは出来ず、俺と『HEART』の時間差は更に広がってゆく。
それはまるで、どんなに手を伸ばしてもの届くことのない、何パーセクも先にある惑星のようだった。
やがて受験生になり夏休みが明ければ、嫌でも机に齧り付く日が続く。
志望校への偏差値は足りず、もちろん推薦を貰える状況でもなくて。
「溝田君、分からない所があるならば教えましょうか」
「お、神保原。お願い、助かるわ」
クラスは違えど、彼女とはよく言葉を交わしたし、時間を共にした。
「あなたって要領が悪いものね」
「大きなお世話だよ」
俺は今、現実を生きている。
とりあえず"大学"という未来の場所へ向かって、自分の力で突き進んでいる。
それでも時々、彼らは何気ない時に現れては、俺を現実へと戻してはくれなかった。
春の日差しは、もう随分前に見た彼女の微笑みのようで。
五月の澄み切った空は、何だかあいつの笑顔のようだった。
梅雨の時期になれば、浮かない顔をしていた彼女を想い、二人で差したオレンジ色の傘を思い出す。
夏は、夏の夜空、花火は――。
苦手のままだった。
だけど、彼らとの思い出が一つもない秋は過ごしやすい反面、寂しい。
寂寞とした冬は、彼女との思い出で溢れていて、一年間の中でもっとも色濃い時間。
俺はいつも心のどこかに焦燥や孤独を抱えたまま、日々を重ねていった。
そしてまた、春がやってくる。
彼女と離れ離れになってから迎える、二度目の春だった。
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