置き去りの世界を、ひたすらに抱き締めた

30/32

476人が本棚に入れています
本棚に追加
/253ページ
始まった大学生活、一回生の時間割はきつくて予想を裏切られた。 朝九時から夕方六時までみっちり授業ともなれば、間数時間は意識朦朧とする時もある。 でも、高校生活に比べれば何のその。 "自由"で時間のある学生生活は楽しくって、俺はキモトと一緒にボランティア同好会とやらに入部し、週末になると病院や老人ホームを訪れた。 新しい発見の連続だ。 今まで部活に入っていなかったから"仲間"という感覚は新鮮で、人の役に立つことをして、感謝されるという経験も初めてだった。 「実は俺、圭吾に報告がある」 そんな中、一回生の夏季休暇を迎える頃、キモトは俺の元に女を連れて来た。 「俺、彼女ができたんだぁ」 ――うっわ、神保原に似てる。 まともに口にしたことはなかったが、高校の時、キモトは神保原に恋心を抱いていたようだった。 どうりでそっくり。 「めっちゃ可愛いだろ」 しかし、ついにデブでオタクのキモトにも先を越されてしまったか。 チクショウ、と思いながら苦笑いでハイタッチを交わす。 「圭吾はウミ子ちゃんと連絡は?ちゃんと取ってる?順調?」 「まぁ取ってるよ。ってか、待てキモト、神保原とはそういう関係じゃねぇし」 「時間の問題ってことっすかね」 神保原とは、この夏季休暇中に顔を合わせることになっていた、が―― 「神保原?……別人みたいだな」 「あら、溝田君こそ同じじゃない。ばっちりオシャレしちゃって」 人のことは言えないが、俺の前に現れた神保原はとても……とても、美しかった。 化粧の力か、女らしいワンピースのせいか、足が綺麗に見える高いヒールのせいか。 分厚い眼鏡を外した瞳は綺麗で、夏風になびく真っ黒のロングヘアーは艶めかしい。
/253ページ

最初のコメントを投稿しよう!

476人が本棚に入れています
本棚に追加