476人が本棚に入れています
本棚に追加
/253ページ
-佐藤可純
私達は生きている。
それでも結局はこんな風に、喜びも哀しみをも全ての感情を、反論する間もなく消されてしまう。
それが、この世界に生きるモノ達の宿命。
*
確かにあの時、一人で抱えていた問題を、私は泣きながら島津君に伝えた。
そう、伝えたはずだったんだ。
でも、全て消えていた。
"消えた"なんて自覚を持てないくらいに、もう私の脳内にあの夜は存在していない。
*
目を開けると、そこにはいつも通り自分の部屋の景色が広がっている。
窓から零れる太陽の光は強く、ギラギラと眩しい。
七月、すっかり夏の空気になった真っ青な空の下、私は今日も蝉の声を聞きながら学校へと向かう。
「可純、おっはよ」
「トモミ、おはよう。元気だね」
やたらと嬉しそうなのは、きっと今日は午前授業のみだから。
「あ、佑馬だー!もうすぐ転校するってのに、よくもまぁ朝練にも律儀に参加してるよねぇ」
水道で豪快に髪の毛を濡らす、島津君の大きな背中。
触れたい、という変な気持ちと共に生まれる、気まずさ。
私達の声が聞こえたのか、クルリと振り返った彼は笑顔で手を振ってくれたが、応えることはできなかった。
「朝からびしょ濡れじゃん」
「汗だくよりマシだろ。それにしても、もうすっかり夏だよなぁ」
一緒に話をしたいのに、輪の中に入れない。
化学準備室にて伝えられた彼の気持ちに、私はどう接していいのか分からなかったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!