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何度も何度も練習を重ねて作り上げたケーキを、彼は喜んで受け取ってくれたようだった。
「ケーキ、佐藤もありがとな。嬉しかったよ」
七夕の日の放課後、溝田君と一緒に教室を出た所で、私は島津君と桜子ちゃんとバッタリ出くわしてしまい、そこで彼は堂々とお礼を言ってきた。
「家で食べようと思ってる」
「佑馬君、ケーキって?」
「コウタロウとトモミと佐藤からのプレゼント。何か今年はたくさんの人から祝ってもらって、思わずウルッときてしまった」
別に、桜子ちゃんの何か言いたげな視線に、引け目を感じなければいけない問題はない。
だから何も考えずにフラットに接すればいいものを、私は。
誰の前でなく、島津君の前だと、素直に笑顔を向けることさえままならない。
ただ彼を想い、彼と過ごす時間に濃い思い出は出来ず、時間が過ぎてゆく。
焦る気持ちはあるのに、自ら行動なんて出来なかった。
もし溝田君と特別な関係ではなかったら、何か変わっていたのだろうか。
いやどちらにしろ、私は自分に自信が持てないまま、一人ウジウジしていただろう。
二人っきりの時間を思い描けば描く程、更に島津君は遠い存在になった。
「じゃあな、佐藤」
終業式の放課後、溝田君と一緒にいる私に、彼は大きく手を振ってきた。
「溝田も元気で」
「島津も新しい所で頑張れよ」
それは、とても、とても、呆気ない別れ方。
トモミや水内君を通してでないと接する勇気が持てない私は、何も言えないまま、島津君の笑顔を目に焼き付けるだけ。
溝田君を怒らせて世界がどうなろうと、もし気持ちをぶつけていたら、どうなっていたんだろう。
私の大切な人は、未来を楽しく生きていたのだろうか。
それは分からない。
でも、やっぱり私は一緒にいたかった。
心を開くことができなくても、ずっと近くにいたかった。
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