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どんなに泣きつかれようがどうしようも出来ずに、俺は宥めるようにして桜子から距離を取った。
同じように近付きたかった佐藤とも、結局は呆気ない別れ方をして今に至る。
俺はきっと、最初から佐藤と結ばれる運命になかったんだろうし、又、彼女を振り向かせるくらいの魅力を兼ね備えていなかっただけの話だ。
後悔を残してこの地を離れたくはなかったが、これ以上手の施しようがなかった。
「無理して父さんと呼ばなくてもいいからね」
「はい、でもホシさんは母さんの頼もしい夫であり、もう俺にとっての立派な父さんですよ」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ。じゃあ、遠慮せずに何でも言うんだよ」
何よりもこれまで"父"の役割まで果たしてきた母親の幸せそうな姿を見るのは、自分も嬉しかった。
これでいい、きっといつか忘れる。
新しい環境に慣れさえすれば、佐藤のことも、この街のことも、懐かしい思い出になるはず。
「この裏山を超えて、どのくらい時間かかんの?」
「そうねぇ、フェリー乗り場まで一時間。そこから自宅までってなると四時間くらいかしら」
ホシさんの黒塗りの車の後部座席から、俺は過ぎゆく街並みをぼんやりと見下ろした。
山の中腹から見える学校は既に小さくて、戻ることのできない場所だと改めて事実をつき付けられる。
――まー、いいや。こんなこともあるっさぁ、ほら、ポジティブポジティブ。
行くって言ったのも、誰より喜んだのだって、自分なんじゃん。
運転席と助手席に座る二人の間に顔を突っ込むと、俺はニーッと笑顔を見せた。
しかしその時、シャツの胸ポケットに入れていた携帯が振動し、中を確認すると――
"佐藤可純"
「もしもし、佐藤?」
息をつく間もなく着信ボタンを押し耳に当てると、あちらからは煩いくらいの蝉の声。
「……外にいる?」
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