俺は世界に切り取られた女の子に恋をした

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『……うん、いきなりごめん。忙しかった?』 「全然。俺は構わないけど、珍しいね。ドキッとした」 今まさに新たな記憶を上書きしていこうと思い立っていたのに、俺の意識は一気に眼下の街に引き付けられる。 「何かあった?」 連絡なんて今まで一度もされたことなかったのに、らしくない行動。 バックから聞こえてくる、子供のはしゃぎ声や辺りのざわつきは楽し気で、人の賑わう場所にいるのだろうと予想がつくが、場の騒騒しさとは裏腹に、彼女の声色は重かった。 『トモミから聞いてたんだけれど……今日、引っ越しちゃうんだよね』 「ん、正解。今フェリー乗り場に向かってる最中」 『そっか、そうなんだ』 聞き取りずらい小さな声。 脳内に浮かぶ佐藤の表情は、頗る固い。 「もしかして最後だから会いたかった、とか?」 ふざけて言ったつもりなのに返事はなく、一瞬沈黙になってしまったが、俺はすぐに笑いながら言葉を続ける。 「わ、当たりだったか。嬉しい。でも、コウタロウもトモミも、バイトや部活で時間取れそうになかったもんな。俺も皆とどっか遊びに行きたかったから残念だったなー」 『次……いつ、帰って来るの』 「今から行ってんのに、もうそんな話する?こっちには父親のお墓とかあるし、来年のお盆には行くんじゃないかな、多分」 面白そうにチラリと後ろを振り返る母親に、俺はしっしと前を向かせる。 どんどん山を登り続ける車から街並みは霞み、もう遠い海まで見渡せていた。 『……ったかった』 青空の下に広がる景色に目を細めていると、辺りの雰囲気に掻き消されそうな彼女の声が、僅かに自分の元へと届いてきた。 「佐藤?ごめんよく聞えない」 『島津君と……話したかった。話す、べきだった』 告白の返事を有耶無耶にしたことが心残りだったのだろう、生真面目な佐藤は最後の最後まで俺に悲しげな印象を与え続ける。 別にもう、こんなどうしようもない状況になって、わざわざ電話をかけてこなくてもいいのに。
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