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「……溝田君」
「圭吾って言って」
逆らえぬようにベットに押し倒せば、彼女は無駄な抵抗をしようとはしなかった。
記憶上からは消えていても、あの日"死"を目前に感じただろう"恐怖心"というものがどこかに残っていたのかもしれない。
それでも最後だと自分に言い聞かせ、俺は彼女の唯一無二の時間を奪った。
「好きだよ」
ベットがきしむ度、俺は息を荒げて数え切れない愛を口にするのに、可純ちゃんが応えてくれることはない。
「ねぇ、圭吾って言って」
仰向けになったまま、天井を見上げて瞳を潤める彼女を、見逃してなどいない。
初めてキスをした時もそうだった。
出会ってからずっと変わることのない、牢乎たる感情だった。
「俺の名前なんて……呼びたくないか」
可純ちゃんが見ているのは、いつどんな時でもあろうとも自分でない――あいつ。
隠しきれていない本心と、恐怖、悵然としているような息の根。
「突然こんなことして、悪かったね」
「……今更、言われても」
「でもお願い、一度だけ許して」
誰が"恋人"という名前だけの関係に過ぎない男と、体を重ねたがるだろう。
行為を済ませた後、彼女は裸のままこちらに背を向け、ずっと黙っていた。
夕闇が押し迫る暗い室内、白い体はとても弱々しく見えて切なさが込み上げる。
「可純ちゃん、明日休みじゃん。迎えに行くから、朝一で出掛けよ」
「……うん、分かった」
「うん、楽しみにしてて」
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