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「可純ちゃん、徒歩通学で自転車持ってなかったよね。後ろに乗って」
庭先には溝田君が持ってきたらしい朱色の自転車が止めてあり、彼はその荷台をポンポンと叩く。
「……どこまで行くの、警察に捕まるよ」
「責任は全て俺がとるからお願い。可純ちゃんを乗せて連れていきたい所があるから」
どこ、とは教えてくれないまま、仕方なく私が荷台に腰を下ろしたのを確認すると、溝田君はペダルを漕ぎ出した。
秋口の夜明けはひんやりしていて、ブラウス一枚では寒さを感じる。
「ねぇ、どこへ行くの」
「追い追い話すよ」
まだ人通りのない朝の道をカラカラと車輪が走り、冷えた風が私の隣を通り過ぎてゆく。
しかしその景色は、毎日のように通う行き慣れた道。
「こっちって学校の方じゃ……」
「うん、とりあえず裏山超えるつもり」
「それ本当に?普通車で行くような距離だし、自転車でなんて無理だよ」
学校の裏門から山に延びるコンクリートの一本道は、せいぜい登っても途中の休憩スポットまでだ。
いくら緩やかな坂とはいえ、どう考えても無謀なプラン。
それなのに溝田君は、後ろに私を乗せたまま、長い長い坂へとペダルを漕ぎ始めた。
「とりあえずいける所までこのまま行くから、可純ちゃんは落ちないように捕まってて」
体を動かすことは不得意で、あまり体力のない人なのに、何をしているんだろう。
しかし彼はふーっと大きな息を吐きながら、前へと進み続ける。
「降りようか。一緒に歩くよ」
「いいっ、待って。さすがにそれは早過ぎる。俺も少しはカッコ良い所見せたいし」
見栄を張っているように見えて仕方がないのに、妙に真剣な声で言われるものだから。
空に昇ってゆく太陽は、やがてちっぽけな存在の私達を徐々に照らし始めた。
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