俺は世界に切り取られた女の子に恋をした

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「俺ねっ……『HEART』をするのっ、やめようと……思ってる」 溝田君の白いシャツに光が透けて、休憩スポットを通り過ぎた頃、彼は苦しげに口を開いた。 「冗談じゃ……ないからっ、マジなっ話」 ――やめるって、何。 「現実、の世界で……しっかり生きなきゃってっ、思えるように……なったんだっ、やっと」 目の前のほっそりしていて縦長い背中が、前へ進む振動でリズムよく揺れる。 「可純ちゃんのことっ……解放、するよっ」 「どういうこと」 「今までっごめんね……島津のこと、ずっと好きだったっ……よ、ねっ」 途切れ途切れにしか発されない声は聞き取りずらいのに、溝田君の言葉は私の心へと飛び込んでくる。 昨日、一緒に時間を過ごしたばかりじゃない。 食事が喉を通らない程心底落ち込んでいたけれど、前を向かなきゃならないと思っていた。 ちょっと待って、いきなり過ぎる。 「昨日っ……のことは、忘れてっほし……」 あの時間は、溝田君にとっての思い出作りだったってこと? ――どうして。 「今から山、越えてっ……フェリー乗り場まで行って、船っ……乗るよっ!」 「……溝田君」 「行くためにお金っ、貯めたしっ……だから、島津に会いにっ……行、こっ!」 ゼェハァ言いながら、彼はきつそうに立ちこぎをして上へと進んでいく。 なのに私は、突然の言葉の驚きを隠せなくて、ぼんやりと溝田君の後姿を見上げる。 「可純ちゃんの、ことっ、ホントッ……ホントにっ……好き、だったっ!」 ぼんやり歪む視界の先に見える彼は、気合を入れ直すように大きな声で私の名前を呼ぶと、更にスピードを上げて坂を駆け上った。 ――フェリーって、島津君って……こんなこと。 数え切れないくらいに伝えられてきた愛に、私は一度も応えることが出来なかった。 どんなに優しくされても、目の前の彼に"好き"を伝えることなんてなかったのに。 「溝田君」 「最後くらいっ……カッコ良くしめな、くちゃっ……」 「……溝田君」 初めて自ら触れた彼の背中は、涙が零れてしまうくらい、とても温かかった。 image=482627501.jpg
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