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一刻も早くN宮の島津君の元へと、そのために溝田君はアルバイトを始めたらしかった。
一緒にいるのは、私を送り届けるまでだなんてそんな話、知るわけがない。
――勝手な人だ。
「地元からフェリー乗り場までくらいは、俺が自分で可純ちゃんを連れていきたかったんだ。高校最後の制服デート、みたいな?」
「……」
「俺、妙にロマンチストな所もあるからね。って言っても、結局はこうやって歩いてもらうことになってるけど」
自転車は押し、数時間かけて何とか山を下ると、見慣れない港町が広がった。
潮の香りのする海辺を歩きながら、私は再び熱い涙を流す。
すると、つられたように溝田君も泣きながら表情を緩めた。
「もー、泣かないでよ。俺が泣かしてるって思われんじゃん」
しかしどちらも堪える余裕はないようで、道行く人は皆私達を見て色んな解釈をしているようだった。
喧嘩か、浮気か、すれ違いか、別れ話か。
「可純ちゃん達は今まで通りこの世界で暮らせるようにするから、安心して大丈夫。俺の体も、ずっとこの世界に存在する。でも、本当の俺の心はもうここへ来ることはないと思う」
時間をかけて実に様々なことを説明する彼は、とても逞しく大人の男の人のようだった。
出会った頃はチャラチャラしている苦手なタイプの生徒だと思っていたのに、振り返れば溝田君を知り、彼の近くで過ごしてきた時間はとても長かったんだ。
「午後一時にN宮行きのフェリーが出るから、それに乗ろう。島津には伝えてあるから、夕方会えるよ」
「……うん」
「一緒にいる最後の時間なんだから、笑っててよ」
「溝田君……ありがとう」
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