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-島津佑馬
『もし島津に何か記憶が残っているのならば、それはきっと事実だから』
前触れのなかった溝田からの電話を受けた時、俺は新しい学校での部活を終えて帰り支度をしている時だった。
温水プールはないため、秋宵になれば冷たい水の中が体を麻痺させ、部活終了後はズルズルと鼻を啜る日々。
「――ックション」
濡れた髪から滴る水滴が肩を濡らす。
『明日、可純ちゃんそっちに連れて行くから、港まで出て来いよ』
「……は、何言ってんの」
『俺、可純ちゃんと別れることになった。だから、後はお前に頼んでもいい?』
何が何だか分からないままなのに、忘れようと必死になっていた彼女の名前が出た途端、俺はその場に固まってしまった。
部員達は通り過ぎ、更衣室前に一人残った俺は、星の輝き始めた空を見上げてポツリと呟く。
「喧嘩でもした?」
『そういうんじゃない。俺、真剣な話してるつもりなんだけど』
N宮に来てからは、新しい環境に慣れる忙しさで何とかやってきていた。
家族生活に、友人関係、部活動……やっとのやっとで時間を味方につけれたかと思っていた矢先に入ってきた、一本の電話。
『絶対に来いよ。来ないと家まで押しかけるから』
とまで言われれば行かざるを得なくて、午後四時、電車やバスを乗り継いで俺は港で彼らを待っていた。
――すると、本当に現れてしまった制服姿の二人。
「……佐藤」
どんなに小さくても確信を持てる彼女の姿に、俺の歩調は次第に速くなっていく。
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