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コクリと頷いたまま、それ以上はもう何も言おうとしない彼女の頬に人差し指をぶつけると、恥ずかしそうに眼を逸らされた。
「俺、佐藤のこと忘れるのに必死だったよ」
大して仲が良かったわけでもないのに、何か強い物で繋ぎ止められているかのようなこの感覚は、何と呼ぶのだろう。
「色んなことに挑戦して頑張っていく中でも、お前のこと引きずるんだろうなぁってどっかで思ってて、怖かった。だから、来てくれてありがとう。本当に嬉しかった」
「……溝田君が連れて来てくれたんだよ。溝田君、ここまで来るお金貯めるためにバイトまで始めて、私のこと……」
言いながら握った手に力を入れる彼女は、こちらを見て薄ら唇を開く。
そのどこか隙のある表情を愛おしく感じ、俺は我慢できずにちょんと唇の先を彼女の頬に押し当ててしまった。
「好き。……好き?」
「……ん、好き」
「でも、俺の方が好きだと思う」
「そんなことない。……私の方が、負けてないと思……」
しかしそこで、ザクザクと砂を踏む足音が聞こえてきて振り返ると、溝田が呆れた表情で手を振っている。
「俺の前ではやめろよ。ヘコむだろ」
「溝田君、ごめん」
「どうする?俺は六時のフェリーで帰るけど、可純ちゃんは島津の家に泊まってく?」
軽い感じで聞いた溝田に、佐藤はブンブン首を振り、冗談じゃないとでも言うかのように立ち上がる。
俺の方はチラリと見たものの、すぐに視線は千切れてしまった。
――これは色々と時間がかかりそうだ。
「可純ちゃんのこと、本当に頼んだからな。島津も頑張り過ぎず、健康第一でいけよ」
「珍しく説教臭いな」
「いいから。ホントに、元気でな」
別れ際、握手まで求めてきた溝田を変に思いつつ、俺は見えなくなるまで手を振って二人を見送った。
たかが自分との別れに号泣するあいつの姿は、とても面白かった。
「島津!元気でなぁっ!」
でもこれが、この世界に存在する本物の溝田圭吾と接する最後の機会だったということは、数年後、俺は佐藤の口から聞くこととなったのである。
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