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-溝田圭吾
「これでもう、可純ちゃんも島津がいるから心配ないな」
帰りの船の中、俺はひっきりなしに近寄って来るカモメにパンを投げながら、満足げに笑みを浮かべていた。
やろうとしたことが形になったんだ。
彼女を守る人がいれば、それがあの島津ならば、もう何も思い残すことはない。
「これからも溝田君はいるのに、それは本物の溝田君じゃないって、不思議で悲しい」
「きっと傍から見たら何も変わんないよ。でも可純ちゃんとは深い仲だったし、もしかしたら違和感あるかもねー」
最後だと言うのに、哀しみよりも達成感を感じるこの感情に、俺は自分で納得していた。
秋の夜風が心地良い。
帰りにあの山を自転車で越えるのは無理があるから、もうタクシー使おっかな。
「可純ちゃんも朝からきつかったっしょ。まさかN宮まで連れて来られるとは思ってなかっただろうし」
「ううん、ありがとう。……私のために、ここまでしてもらって。感謝してる」
「元はと言えば、俺が島津と可純ちゃんを引き裂いてたんだから、お礼言わることじゃないよ」
俺は彼女に向き合うと、島津にしたのと同じように、改めてギュッと手を握り合った。
温かい、人の体温。
彼らは人間とも機械とも呼べない存在であり、"溝田圭吾の『HEART』"という特殊世界の中に存在するモノだ。
でも、例えそれが人間の手によって組み込まれたプログラムであろうとも、彼らには"心"が存在しているのだと、俺は思っている。
泣いたり笑ったり、忙しいのは人間と同じだ。
「可純ちゃんはこの世界で、俺は自分のいるべき現実世界で。お互いしっかり生きていこう」
もう、大丈夫だ。
このゲームが作られた理由を知り、製作者の想いを知り、俺は大切な友達を持った。
『HEART』が好き。
でも、自分の生きるべき世界はここではない。
「可純ちゃんのこと、忘れないから」
ありがとう。
いつまでも、いつまでも、危険のない世界の中で、幸せに生きてほしい。
俺は彼らの生きる世界を、これから守っていきたい。
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