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自分にとってここは日常の一部だが、佐藤にとっては夏限定の空間らしく、喜んでもらえているのが態度で伝わる。
ペタペタ、と水分を吸収した足の音は不慣れな感じで、耳心地が良い。
「走ったら滑って落っこちるよ」
言いながら、追い抜こうと自分も速度を上げる。
――佐藤は今、笑ってる?
前に出ると後ろ向きになり、下から覗き込む。
「何?」
だが、大して望んだ表情はしておらず、期待を裏切られた。
「島津君?」
「何もない」
……とその時、気が緩んでしまい、足の裏が床をツルッと滑るのが分かった。
ゆっくり、考える時間があるくらいゆっくりに、俺は頭から地上へ向かって仰向けになっていく。
――ヤバい気がする。
運が悪ければ、このまま固いプールサイドに頭から倒れてしまう。
水泳部として経験のある苦い思い出を蘇らせ、俺は重心を右に傾け、体ごと水の中に飛び込もうとした。
なのに、様子を見ていた佐藤が必死に手を伸ばしてくる。
「え!?」
「島津君危ない!」
――危なくないよ。
全然、危なくない。
それなのに、佐藤は後を追って制服を引っ掴んでくるものだから、俺達は一緒に水の中に沈んでいくしかなかった。
至って冷静に水中で目を開けると、彼女はギュッと目を瞑って手足をバタバタさせている。
無数の泡がボコボコと上昇し、炭酸水のようにはじける。
何もかもが青に包まれた世界で、俺は苦しそうにする佐藤に手を伸ばすと、力強く握り返された。
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