世界の何処かで、何かがハジケタ

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「ぷっはぁ!」 水面に顔を上げると、佐藤はこれでもかと言うくらい深く息を吸い込んだ。 自分達のいる所から、ユラユラ波紋が広がっている。 「佐藤」 抱き付くように首に回されていた手は離されず、体重がかけられていた。 ――何やってんだ。 俺は佐藤の頬にへばり付いた髪の毛をパッパと払いのけると、腰を支えていたもう一方の腕に力を入れる。 キュッと体が密着し、まつ毛の上に光る水滴が零れ落ちる所までも見えた。 「ねぇ、大丈夫?」 飛び込んだのは自分なのに、慌てるのはあっちだった。 「地味に溺れてたよね」 「し……まづ君。……わっ、ご、ごめん!」 ぜぇはぁ呼吸を整えていた佐藤は、俺の声で我に返りジタバタ騒ぎ始めた。 プールサイドに向かって力を込めているのが分かる。 でも、俺は抱きかかえる力を緩めない。 「あぁもう、ホントごめん!今離れるから」 溺れている子供を助ける感覚って、こんな感じ……? しかしながら深い水の中、今ここで手を離しても、この人はきっと足が届かない。 「俺は大丈夫だよ」 「重いから離して」 「別にいいけど、服着たまま一人で泳げるの?」 ピタリ、と固まった佐藤は口を閉じる。 「ね、無理でしょ」 ブラウスもブレーザーも水気を吸いきっていて、まるでここから動くなと言われているような感じ。 「別に追ってこなくてもよかったのに」 「……だって!……島津君が溺れちゃうと思ったから」 「俺、一応水泳部だよ」 「うん、そうだけど」 佐藤を抱えたまま、おかしくって思わずカカと笑う。 すると、間近に見える彼女の白い頬が、薄ら桃色に色付いた。
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