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 午前ニ時過ぎ。  宿直室の中は時計の音ばかりが耳について、亜希は居心地悪そうに寝返りを一つ打った。 (――胃、痛い。)  久保に言われた通り、布団にはもぐりこんだものの、目を瞑ると今夜の事が思い出されてしまう。  ――下卑た笑い。  ――ぬるっとした唇の感触。  あの時、久保が助けてくれていなかったら、自分はどうなっていただろう。  ――怖い。  亜希は体を小さく丸めると、唇を何度も袖で拭った。  ――キモチワルイ。  一人でいると、どうしても鬱々としてくる。 (疲れた……。)  「将来」の事なんてどうでも良くなってくる。  ――大人になる。  それが「我慢」とか「妥協」をする事なら、今までいくらでもしてきた。  実際、それで丸く事は収まっていた。  ――だけど。  受験ムードも強くなってきたこの頃は、父母からの自分に対する期待がやけに大きく感じて苦しくなった。  ――もう、限界。  心も体も、一人で横になっているのには苦しくて、亜希はのそりと起き上がる。  そして、素足のままで上履きを履くと、鍵を開けて宿直室のドアを開けた。  ――長い廊下。  その壁に凭れるようにして、ずるずると前に進む。  窓からは月明かりが射し込み、昇降口に向かって、非常口の緑色のパネルがうすぼんやり光っている。  ――このまま。  目の前に見える非常口から、逃げ出してしまいたい。  ――誰にも見つからないところに。  しかし、夕方の出来事を思えば、こんな時間に学校から逃げ出すのは得策とは思えず、その弱々しい光を頼りに保健室へと向かった。  把手に手を掛けると、重い引き戸を開ける。  ツンと嗅ぎ慣れた薬品の香りがする。  ――進藤医院と同じ匂い。  亜希はつくづく保健室で眠らなくて良かったと思った。  きっと、もっと嫌な気持ちになっていただろう。  衝立てで区切られた簡易ベッドを覗いてみれば、久保が枕に突っ伏すように眠っている。 (……変な寝相。)  久保は部屋が変わっても、何の差し障りもなく眠っているようだ。
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