10/25
前へ
/25ページ
次へ
 ――自分の体とは違う、女性特有の柔らかさ。  ――腕の中にすっぽり収まる感触。  まるで自分のために誂えられたみたいな亜希の抱き心地の良さを反芻する。 (だああああッ!!)  一体、どんな顔をして、亜希を見れば良いのだろう。  久保は頭をガシガシと掻いて、よこしまな気持ちを追い出そうと必死になった。 『甲斐甲斐しいですなあ。』  そう言って笑う石松を思い出して頭をぶんぶんと振る。 (進藤の面倒を見ちゃったのは、紗梨みたいに思ったわけで……。)  そうして年の離れた妹を大事にするみたいに、亜希にも接してるだけだと、必死に自分を説得する。 (――だから、この気持ちは違う。)  ポットに手を掛けて、二つの湯呑みに亜希のためと自分用に白湯を入れる。 「……熱ぃッ!」  思わず、火傷した指を口に咥える。 「はあ……。」  ため息が零れる。  湯呑みから、ゆらゆらと白く湯気が立ち上っていく。  それを見ていると、自分の気持ちもゆらゆらと揺れる。  今まで教え子としか思っていなかった「進藤 亜希」が「生身の女性」なんだと意識する。  そして、そんな彼女を欲し始めている自分がいる。 (――いや、断じて、違う。)  久保は二つの湯呑みを手にすると部屋を出る。  この気持ちは、決してよこしまな想いなんかじゃない。  自分は教え子である彼女を心配してるのに過ぎないのだ。 (別に進藤が特別なわけじゃない……。)  そう自分に言い聞かせて、保健室に戻る。  ドアを開けると、出ていった時には気にならなかったが、消毒液の匂いが鼻の奥にツンときた。  布団に包まって、亜希は丸くなっている。 「進藤、ほら、お湯を持ってきたぞ。」 「うん……。」  蓑虫みたいに丸まった状態から、亜希が頭だけ布団から出す。  鈍い痛みはまだ去っていないのか、辛そうな表情だ。  久保はなるべく平静を装って「熱いから気をつけて」と言いながら、上半身を起こした亜希に湯呑みを手渡す。 (――ほら、大丈夫だ。)  何て事はない。  普通に接する事が出来る。  ほっと胸を撫で下ろす。  ――まだ、大丈夫。  ――まだ、引き返せる。  胸の騒めきはまだ続いていたが、それもやがて治まるに違いない。  しかし、次の瞬間、その考えは覆された。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

136人が本棚に入れています
本棚に追加