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「――悪い、悪い。実に分かりやすい喩えだったからさ。」  「それにしても『雑巾』か」と、くすくすと久保が笑う。 「もう……。」  そして、亜希ははたと自分の置かれている状況に気付く。  ――久保と添い寝。  そっと見上げた久保の笑う笑顔も、いつも以上にアップだ。  ――ドクン。  耳元で心臓の音がする。  亜希はそれが自分のものだと気が付くのに、数秒を要した。  胃の痛みや眠気なんてどこかに吹き飛んで、今度は心臓が野うさぎみたいに飛び跳ね始める。  ――水泳で鍛えられた広い胸板。  ――むだな贅肉の付いていない、引き締まった腕。  さっきまでは何とも思っていなかったそれらに「久保 貴俊」が「生身の男性」なんだと意識する。 (ち、近い……。)  早鐘のように打ち鳴らされる心臓の止め方を、誰でも良いから教えてくれないだろうか。  亜希は夕方みたいに突飛ばしこそしなかったが、そろそろと久保から離れると、布団から抜け出ようとした。 「――おい。」  しかし、そんな亜希を逃がすまいと久保の腕には力が入り、ギュッと抱き締められる。 (んな……ッ!?)  頭の中が真っ白になる。  ――許容量、オーバー。  何も考えられない。  ただ、久保から香るほのかな石鹸の香りを吸い込むだけ。 「……何だよ、急に?」  久保の声が遠くに聞こえる。 「――暴れたら、ベッドから落っこちるぞ? 狭いんだから。」  しかし、さっきまでと違い、亜希は反応をしない。 「……進藤?」  不審に思って、久保が顔を覗き込むように胸元の亜希を見る。 「……おーい?」  目を見開いたまま、メデューサに石にされたみたいに固まっている亜希に片眉を上げる。  すると、しばらく固まっていた亜希は再び口をぱくぱくとさせながら、何かを訴え始めた。 「今度はどうした?」 「う……、腕……。」 「腕? 腕がどうかしたのか?」  久保が訊ね返すと、亜希は目を泳がせながら頷く。 「……苦しい。」 「苦しい?」  そこまで言われて、久保ははたと現状を省みた。  胸元の亜希は気恥ずかしそうに俯く。  ――亜希と添い寝。  久保はいつになく動揺する。  頭の中が真っ白になる。 (……この態勢は……。)  いくら何でもまずい。
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