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隣で眠る亜希を眺める。
体が温まり痛みが弛んだのか、その眉間の皺はかなり弛んできている。
――あどけない寝顔。
すやすやと眠る亜希の様子に、久保はくすりと笑みが零れた。
(……無防備過ぎ。)
自分に信頼を置いているのか、男として見なされていないのかは分からなかったが、こうして安心しきっている亜希を見ると、何だか温かな心地になる。
――守ってやりたい。
彼女が周りの期待や自分の我慢に潰されてしまわぬように。
そして、望んだ未来にはばたけるように。
(あ、でも、歌手になりたいとかだったら、どうしようかなあ……。)
久保は音楽だけはからっきしダメで、リズム感も音感も共にズレるから、いつも調子外れになってしまう。
現に一定を保とうとしているのに、さっきから奏でているリズムも、時々早くなったり、遅くなったりを繰り返している。
だから、もしそっちの道に進みたいと言われた時に、何て声を掛ければ良いか分からなかった。
何事も頑張ってどうにかなる部分と、頑張ってもどうにもならない部分が出てきてしまう。
ましてや、芸事なんて、その最たるものだ。
それでも険しい道を歩むのか、はたまた、下手の横好きに留めるのか。
その見極めは難しい。
(――ともかく何を言われても、動じないようにしよう。)
と、その考えに呼応したかのように、亜希が急に身動ぎする。
(……んなッ。)
丸まっていた亜希がモソモソと擦り寄ってきて、抱き枕にするみたいに懐に頬擦りしてくる。
久保は思考回路がショートしたみたいに、ぴくりとも動けなくなった。
――甘い香り。
男湯と女湯のそれは違うのだろうか。
亜希からはとても良い匂いがする。
――魅了される。
亜希からする匂いには、何かしらのフェロモンも含まれているのかもしれない。
まるで、今にも花開こうとしている蕾に誘われた虫のように虜になる。
――抱き締めたい。
急に理性のたがが弛み出す。
(……いけない。)
まるでその匂いに痺れるみたいに、身体の芯が疼き始める。
このまま隣に横になっていたら、きっと互いに不都合が生じるに違いない。
一旦、スイッチが入ってしまえば、色んな妄想が頭の中に広がり始める。
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