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久保は理性の保てている内に亜希から逃げ出したくて、もう一度、亜希から離れようと試みる。
しかし、今度は亜希を起こしてしまったようだ。
「……久保……セン?」
暗闇の中の亜希の声がする。
「――起こしたか?」
月明かりにも目がなれて、亜希がとろんとした瞳をしている姿が見える。
――不安げな表情。
「……どこか行っちゃうの?」
まだ、夢うつつな状態なのか、口を利くのが億劫そうに見える。
「このベッドに二人じゃ狭いだろ? 隣のベッドに移るよ。」
しかし、亜希はそれを聞くと「嫌だ」と言わんばかりに、胸に擦り寄ったまま首を振った。
(ちょ……ッ。)
煩悩と理性がせめぎ合う。
(新手の拷問なんだけど、これ……。)
それでも久保はぐっと抑えて、なるだけ優しい言葉を探す。
「……怖い夢でも見たのか?」
こくんと頷く感触がティーシャツ越しに伝わってくる。
そこで、久保は自分の気持ちも宥めるように、布団をぽんぽんと叩くと亜希を宥めた。
「どんな夢を見たんだ?」
「――誰かに追い掛けられる夢を見てた。」
暗闇の中で、正体不明な何かに追われる。
事の仔細は覚えていないものの、感情だけは夢から覚めても残っている。
――怖い。
――怖くて、堪らない。
言いようのない不安で、胸が押し潰されてしまいそうだ。
奥歯をぎゅっと噛み締める。
そうしている内に、だんだんと意識もはっきりしてきたものの、離れたら、また何かに追われる夢の中に戻ってしまう気がして、久保から離れられなかった。
「――進藤。」
久保にそっと髪を撫でられる。
どちらの鼓動か分からないものの、ドクン、ドクンと脈打つ音に不安が薄れてゆく。
「――もう、大丈夫だ。」
心地よいテノール。
久保が布団の上からぎゅっと抱き締めてくれる。
「――心配しなくていい。進藤が困っていたり、ピンチに陥いったりするなら、俺は助けに駆け付けるよ。」
久保の言葉に、亜希はふうっと細く息を吐く。
さっきまでの肩の震えも治まっていく。
「それって、夢の中でも有効……?」
「……それは努力目標って事で勘弁。」
その言葉に亜希がうち笑う気配がする。
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