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3
午前ニ時過ぎ。
宿直室の中は時計の音ばかりが耳について、亜希は居心地悪そうに寝返りを一つ打った。
(――胃、痛い。)
久保に言われた通り、布団にはもぐりこんだものの、目を瞑ると今夜の事が思い出されてしまう。
――下卑た笑い。
――ぬるっとした唇の感触。
あの時、久保が助けてくれていなかったら、自分はどうなっていただろう。
――怖い。
亜希は体を小さく丸めると、唇を何度も袖で拭った。
――キモチワルイ。
一人でいると、どうしても鬱々としてくる。
(疲れた……。)
「将来」の事なんてどうでも良くなってくる。
――大人になる。
それが「我慢」とか「妥協」をする事なら、今までいくらでもしてきた。
実際、それで丸く事は収まっていた。
――だけど。
受験ムードも強くなってきたこの頃は、父母からの自分に対する期待がやけに大きく感じて苦しくなった。
――もう、限界。
心も体も、一人で横になっているのには苦しくて、亜希はのそりと起き上がる。
そして、素足のままで上履きを履くと、鍵を開けて宿直室のドアを開けた。
――長い廊下。
その壁に凭れるようにして、ずるずると前に進む。
窓からは月明かりが射し込み、昇降口に向かって、非常口の緑色のパネルがうすぼんやり光っている。
――このまま。
目の前に見える非常口から、逃げ出してしまいたい。
――誰にも見つからないところに。
しかし、夕方の出来事を思えば、こんな時間に学校から逃げ出すのは得策とは思えず、その弱々しい光を頼りに保健室へと向かった。
把手に手を掛けると、重い引き戸を開ける。
ツンと嗅ぎ慣れた薬品の香りがする。
――進藤医院と同じ匂い。
亜希はつくづく保健室で眠らなくて良かったと思った。
きっと、もっと嫌な気持ちになっていただろう。
衝立てで区切られた簡易ベッドを覗いてみれば、久保が枕に突っ伏すように眠っている。
(……変な寝相。)
久保は部屋が変わっても、何の差し障りもなく眠っているようだ。
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