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少し乱れた息を潜めながら壁に背中を預けた。そうしたらふたりの声が聞こえてきた。
『どうしても、俺は航樹が欲しかったんだ。あの日の帰り道だって、俺は一切嘘偽りなく気持ちを伝えたつもりだ。でも、望んでた答えはもらえなかった。だから、潤くんの家族の好きなようにさせて、君らを引き離そうとした。』
『…先輩は、俺を手に入れるためには…』
『どんな手段でも使うつもりだったよ。君を手に入れられるなら。それだけ航樹が欲しかった。俺の手元に置いておきたかった。サッカーの才能にも惚れてた、人柄も、性格も、笑顔でさえも、俺を魅了し続けたから。』
***
中学最後の試合。明良は負けた。
サッカー界で、注目を集めていた一人の中学生のいるチームに。泣くかと思った。だけど、チームメイトが泣いている中、明良は一人彼を見つめていた。目をこれ以上にないくらいに輝かせて。
《 すごい奴がいたんだ。 》
負けたのに、嬉しそうに、やっと見つけたというように。
目を輝かせて俺に言う。その目には彼しか写っていなくて。俺の存在はどこにもなかった。それがひどく寂しくて、彼に嫉妬した。
俺には引き出せない、そんな表情をいとも簡単に引き出してしまった彼に、ひどく嫉妬した。
明良は誰よりも彼を追った。彼の目に留まるよう。熱狂していたプロのサッカー選手なんてどうでもいいと言わんばかりに彼ばかりを追った。突然姿を消した彼に酷く悲しんでいた。それを一番近くで見ていたのは誰でもない俺だったから。
***
『君が欲しかった』
『先輩、』
『ねぇ?航樹。答えは決まってるんでしょう?聞かせてよ。』
『…先輩の気持ちはすごく嬉しいです。けれど、俺は、潤が好きです。』
『だから俺の気持ちには答えられない、と?』
『すみません。サッカープレイヤーとして、そして一人の先輩として好きです。けれど、そういう対象に見れるのは、後にも先にも、潤だけです。』
その言葉を聞いて俺は喜んでしまった。まだ、まだ明良はだれのものにも、ならない。なんて女々しいんだろう。だけど本心だった。
杉浦がその場を去ったあと、俺も帰ろうとしたけど、何故か帰ってはいけない気がして。そっと覗き見てみたら、俺の知らない姿がそこにはあった。
明良の口元には白く細いもの。そこからは煙。かっと目の前が赤く染まった。
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