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安息
街中にある、木々が生い茂る大きな公園の近く。
広々とした敷地に、木の塀が張り巡らされた古い和風洋館がひっそりと建っている。
加奈とシャナンはそこへ身を隠していた。
以前、シャナンが住んでいた建物とは違っていたが、庭のうっそうとした木々や、昼間でも薄暗い室内の雰囲気、蝋燭の匂いと微かに感じる薔薇の香りは、まるであの時の洋館そのものだった。
加奈は黒いローブを着込み、黒光りしている革張りのソファにゆったりと腰を下ろして、シャナンが紅茶を淹れるのを眺めていた。
前に見たのと同じような、白い絹のネグリジェ。
あの日を思い出す。
古い洋館へ招かれたあの日。
戸惑いながらもシャナンに惹かれていったあの時。
出遭うべくして出遭ったのだ。
夜を同じ屋根の下で過ごせる喜び。
三神加奈として過ごせるのが、たとえ今宵限りになろうとも、もう後悔はしない。
加奈はシャナンの美しい微笑みに魅せられながら、そんなことを密かに思っていた。
どっしりとした家具には高価な調度品が並んでいる。
それらを蝋燭の明かりが優しく照らしていた。
暖炉の薪がぱちぱちと弾く音だけが響く。
テーブルの上に置かれた燭台の、仄かに揺れる蝋燭の明かりが、シャナンの横顔を照らし出している。
白い肌に鮮やかな赤い唇。愁いを帯びてしっとりと濡れたような深く青い瞳。
シャナンに魅せられない人間などいないだろう。
かつて人だった時から、兼ね備えていた魅力なのか、それとも、魔物となり、年を重ねる中で磨かれた妖しい美しさなのだろうか。
いや、魔物だなどというのは間違っている。
シャナンには本当に吸血鬼なのだろうかと疑ってしまうような、神々しさがある。
あの時の姿で、シャナンはここにいる。
「どうかした?」
「ううん。前にもこんなことがあったな、と思って」
微笑むシャナンに、加奈も微笑みかけた。
紅茶を淹れ終えたシャナンが、加奈の傍に来てひざまずき、加奈の膝の上に頭をもたげた。
「シャナン?」
「あなたの膝の上に頭を乗せると、あなたは優しく髪を撫ぜてくれたわ。こうして夜を過ごしたの」
加奈はどきどきしながら、シャナンに言われるままに艶やかな黒髪をゆっくりと撫ぜてみた。
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