安息

1/5
前へ
/48ページ
次へ

安息

 街中にある、木々が生い茂る大きな公園の近く。  広々とした敷地に、木の塀が張り巡らされた古い和風洋館がひっそりと建っている。  加奈とシャナンはそこへ身を隠していた。  以前、シャナンが住んでいた建物とは違っていたが、庭のうっそうとした木々や、昼間でも薄暗い室内の雰囲気、蝋燭の匂いと微かに感じる薔薇の香りは、まるであの時の洋館そのものだった。  加奈は黒いローブを着込み、黒光りしている革張りのソファにゆったりと腰を下ろして、シャナンが紅茶を淹れるのを眺めていた。  前に見たのと同じような、白い絹のネグリジェ。  あの日を思い出す。  古い洋館へ招かれたあの日。  戸惑いながらもシャナンに惹かれていったあの時。  出遭うべくして出遭ったのだ。  夜を同じ屋根の下で過ごせる喜び。  三神加奈として過ごせるのが、たとえ今宵限りになろうとも、もう後悔はしない。  加奈はシャナンの美しい微笑みに魅せられながら、そんなことを密かに思っていた。  どっしりとした家具には高価な調度品が並んでいる。  それらを蝋燭の明かりが優しく照らしていた。  暖炉の薪がぱちぱちと弾く音だけが響く。  テーブルの上に置かれた燭台の、仄かに揺れる蝋燭の明かりが、シャナンの横顔を照らし出している。  白い肌に鮮やかな赤い唇。愁いを帯びてしっとりと濡れたような深く青い瞳。  シャナンに魅せられない人間などいないだろう。  かつて人だった時から、兼ね備えていた魅力なのか、それとも、魔物となり、年を重ねる中で磨かれた妖しい美しさなのだろうか。  いや、魔物だなどというのは間違っている。  シャナンには本当に吸血鬼なのだろうかと疑ってしまうような、神々しさがある。  あの時の姿で、シャナンはここにいる。 「どうかした?」 「ううん。前にもこんなことがあったな、と思って」  微笑むシャナンに、加奈も微笑みかけた。  紅茶を淹れ終えたシャナンが、加奈の傍に来てひざまずき、加奈の膝の上に頭をもたげた。 「シャナン?」 「あなたの膝の上に頭を乗せると、あなたは優しく髪を撫ぜてくれたわ。こうして夜を過ごしたの」  加奈はどきどきしながら、シャナンに言われるままに艶やかな黒髪をゆっくりと撫ぜてみた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加